一般社団法人そだち☆うちだよしかの日々徒然
北風と太陽
こんにちは!!
内田淑佳(うちだよしか)です。

暖かくなりましたね!
宝塚 花の道の桜も 綺麗に咲いています。

さて、今日は
北風と太陽のお話…。
みなさん、ご存知のイソップ童話です。
そう、北風と太陽が
道行く旅人のマントを
どちらが脱がせる事が出来るか、競争する
お話です。

物語の結果は
北風は強風をピューピュー吹かせるも、
失敗。
太陽は、ポカポカと暖かく照りつけ、
みごと旅人のマントを脱がせる事に、
成功!
ですね。

北風と太陽の 大きな違いが
わかりますか?

北風は強引なイメージ、
太陽は…作戦勝ち、というイメージでしょうか…。

実は
北風と太陽の
根本的な違いは、
その目的にどう取り組むか、
という姿勢だと思います。

北風は
「マントを脱がせる」ことに強く着目し、
とにかくソレを達成するために直接的な行動をしています。

ところが
太陽はどうでしょう。
「マントを脱がせる」ために、
本人が「脱ぎたい」という気持ちになるようアプローチしているのですね。

これ、
旅人側から見たら
いかがでしょう。

北風がピューピューした時は
かえって「マントを飛ばされるもんか!」
という気持ちになっている。
太陽の時は
「マントを脱ぎたい」気持ちになっている。


子どもたちの
主体性、自発的な活動、という
事に着目する時、
ぜひ
北風と太陽の お話を
思い出してください。

目の前の
物理的な目的
(片付ける、衣服をたたむ、順番を守る…など)に着目しすぎて
保育が、北風方式になっていませんか?

本当に大事なのは
自発的、主体性ある活動を積み重ね経験することから得られる
自己発揮の部分のはずです。
とにかく ソレ が出来た(ように見える)
では、子どもに何が育ちますか?


乳幼児期に
自分で決めて、自分で行動する力の
基礎を
作り、積み重ねていくことで
将来
自分で目標を設定し、
そこへ向かうためには何をしたら良いか、
自分で考え、
自分で実現していく力がつくのです。

やりたい事が みつからない…
自分が 何が好きか わからない…

そんな若者が増えています。

今、私たちが関わっている子どもたちが
未来を自分らしく生きていける力のモトになるよう
主体性をもって活動することの
大切さを
もう一度、よく考えてみてください。
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誰が やったの?
ブログにお越し頂き ありがとうございます!
内田淑佳(うちだよしか)です。


さて、本日は 保護者対応の お話…。

先日
ママむけセミナーの講師として招かれ、
保護者の方と園(先生)とのコミュニケーションのお話をさせて頂きました。

その中で、
「園って 相手の子の名前
 言わないですよね」
という 話が 出ました。
子ども同志のトラブルで
ケガをしたり、させてしまったり
した時のことです。

なぜ
子どもの名前を出さないのか、
という理由について
理解していますか?


保育園で
お子さまを お預かりしている時間
園は
保護者に代わって
子どもを みているのです。

未成年には保護者が必ず存在し、
園が保護者の方に代わって
子どもを保護しているのです。
子どもを護る意味で
個人名を言わないのです。

子ども個人の責任ではなく
園の責任です、という意味です。

ですから
ケガをした、させた、
両者に
こんなことがありました、申し訳ありません、
と同じ内容でお詫びをします。

ケガをしてしまいました、申し訳ありません。

ケガをさせるようなことに なってしまいました、申し訳ありません。


そのことさえ
保護者の方にも理解して頂けたら
なにも
名前を ひた隠しに内緒にする必要はない、と
私は思います。

「護る」とは、内緒にすること、ではなく、
全ての子どもたちの安全と安心
そして成長を「護る」のです。

いつも
大切なのは
子ども一人ひとりの
自身が持つ「伸びる力」です。

保育園でのケンカで
加害者、被害者という発想は
違うと思います。

ケガがあると、
どうしてもその発想になってしまう方がいますが、
そこをまず、理解して頂くこと、が
大事になってきます。

「誰がやったの?」
ではなく
何故、そうなったのか
そこから子どもたちは
何を得るのか。

ケガをした子どもに
掛ける言葉は
「大丈夫?」「痛かったね」などの
優しい言葉であってほしい。

ケガをしたら
「誰がやったの?」 では、

自分でしたケガは自分のせい、
人から受けた場合は人のせい、

という考え方をインプットしますよね…。

保護者の方にも
そういうお話が出来ると
いいですね。
(これは、ケガをした時に伝えるのではなく、日頃から そのような話をしておく!)



そして、
保護者の方の気持ちも
大切にしないといけません。

いくら
園の責任と言われても
ケガをさせてしまったのが
自分の子どもならば
その親として
こうしたい、という気持ちが
それぞれに あるわけです。

大きなケガであれば
直ぐに謝りたい、
謝る姿を子どもに見せるのも必要、という
考えをお持ちの方も多くいらっしゃいます。

小さなケガであっても
相手の子の お母さんに お会いした際には
一言、お詫びを言いたい。

そういった
保護者の方の
「親としての気持ち」には
園の決まりです、と頑なにならず
出来る限り寄り添うようにしたいですね。


子どものケンカに親が入らない!
という お考えの方も いらっしゃいます。


こうやって整理してみると、
どれも そうだな、と
思える事ばかりですよね。


園に決まりごと、は必要ですが
決まりは「原則」ということで
臨機応変な、柔軟な対応が出来ることが望ましいですね。

優しくする、される
ブログにお越し頂きありがとうございます!
内田淑佳(うちだよしか)です。


私が、乳幼児期に
沢山して欲しいのは
『優しくする、される』
という経験です。

なぜなら
この時期に体験的に心に入ったことは
「無意識」という部分にインプットされ
その人の「あたりまえ」になるからです。

「あたりまえ」のことは
それ自体が安心であり、心地よい、

つまり

人は人に『優しくする、される』ことが
あたりまえであり、心地よい、
という人になって欲しいからです。

前回
『おかたづけ』について書いた時に
この時期は
個人の責任をいかに果たすか、よりも
優しくする、される経験のほうが
大事では、と書きました。
個人の責任を果たすこと、も
人としては大事なことですが、
まずは
人としての優しさが土台にないと
積まれないものだと思うからです。


参考:『おかたづけ』の回のブログはこちら


現場の先生に考えて欲しいのは
子どもを叱る時、
叱られている子 以外の、
それを見ている子どもへの影響です。

強い立場の人間が
(保育園という場所において、保育士は強い立場の人間です)
どんな態度か、ということが
子どもたちの「あたりまえ」になるのです。

『仲良く出来ないなら遊ばせない』
という態度をとれば
それがインプットされます。
『どうして仲良く出来ないのか、どうやったら仲良く出来るのか、一緒に考えよう』
という態度であれば
それがインプットされます。

あまり深く考えずに
前者のような『権力者』になっていませんか?

それを見て育った子は
自分が強い立場になった時、
権力者のように 振る舞うように
ならないでしょうか…。
また
そのように 振る舞いたい時に、
強い立場に なろうとする。
強い立場に たてば
そのように振る舞えるんだ、という
「あたりまえ」が
出来てしまわないでしょうか…。

保育園は
集団生活の場ですから
いつも
全ての子どもたちへの
影響を考えて欲しいのです。

先生が
自分の言うことを聞かなかったから、と
その子をクラスの輪から出すようなことをしてしまうと、
子どもたちは
それを見て育ち、
自分が輪から出されたくなければ
言うことをきこう、
となります。

この状態で
出された子のことを思いやる気持ちが
育まれるでしょうか…。

私は
学校で問題になっている
『いじめ』の図を見るようで
心が痛みます。


先生は
強い立場の人間だからこそ
優しさを存分に
みんなに見せて欲しいと
思います。




おかたづけ
こんにちは!! みなさま お元気ですか?
内田淑佳(うちだよしか)です。

前回
指示語を I(アイ)メッセージにかえると
どんなことが
子どもたちに芽生え、何が育つか、
ということを書きました。


片付けを例にあげましたが

片付けをするのは
当たり前で、
出来るようにしなくちゃいけないのに、
なんでお願いするような言葉を選ばなくてはならないの?

と、
若干 違和感を感じた方は
おられませんか?

参考:その回のブログはこちら

必要なことは
厳しく教えなくては!
という考え方もあると思います。

ですので
今日は
『おかたづけ』について、書いてみようと思います。

まず、片付けは、誰のためにするのでしょう。

自分のため。
自分で使ったものは、自分で片付ける。

はい、その通りです。

が、
自分のものを自分の部屋に片付ける場合は
自分のため ですが

自分のものを共有の場所に(靴を靴箱に、パスをロッカーのお道具箱に、など)
共有のものを共有の場所に(絵本は本棚に、ブロックはこの箱に、など)
の場合は…どうでしょう。

自分のものを共有の場所に、の場合、
自分のものの管理という側面と、
共有の場所(保育室など)の整理、という
二つの側面がありますね。

共有のものを共有の場所に、の場合、
共有のものの管理の仕方プラス整理の仕方。

このようにして考えると、
自分のことは自分で、と言っていますが
みんなで使うところだから、個人個人が どう使ったら
みんなが 快適に過ごせるか、
ということを考える、という場面のほうか
圧倒的に多いと思いませんか?

社会性の芽生えを育む場所として
『片付け』という行為は、
みんなが 快適に過ごすために、
一人ひとりが、ものを大切に使いましょう、ということ
そして
ものを大切に使うということの
意味や、やり方、を体験的に
知るための、一つの素材、ですね。

ですから、
自分のものは自分で!
あなたが使ったんだから、あなたが!

もちろん大切なことですが

みんなのこと(周りのこと)を
考えられる(感じられる)経験が、
本当の意味としては大事じゃないかな、と思います。

一人は みんなの ために
みんなは 一人の ために

この精神が そこに溢れていると
素敵だな、と思います。

私は、みんなの部屋(保育室)だから
みんなで 片付ける、
遅くなっている子がいたら
手伝う、

という やり方のほうが
素敵だな、と思います。

積み木を使っていた3人が
3人だけで最後まで片付けなさい、と言われている場面を見ると

手の空いている子が 手伝って
早く終わったほうが みんなが気持ちいいのにな、と
思うのです。
(優しくする、される、という経験のほうが、この時期 大事だと思う)

片付けなくて困るのは、あなたよ!
と言われている場面をみると、
いや、困っているのは先生だよね、
どちらかというと その子は困ったと感じていない…
と、
思うわけです…。
(困るよ!と言葉で言われても、本人に 困った、と感じる気持ちが生じなくては意味がない)



今回は
おかたづけ
という例で 考えてみました。

子どもたちが
望ましい未来を作り出す力の
基礎を培う
(保育所保育指針より)

を、考えた時
「片付けなさい」と言われてする片付けと、
みんなで片付けをして
「ありがとう」と言われて嬉しい気持ちを経験することと、
どちらか大事かな、と考えてみてください。


I(アイ)メッセージが好きなワケ
ブログにお越し頂きありがとうございます!
内田淑佳(うちだよしか)です。


I(アイ)メッセージ について
質問を頂くことが多いので
今日は I(アイ)メッセージのことを
書きますね。

参考:こちらにもI(アイ)メッセージについて書いています


私、を主語に
こちらの心の動き=感情 を伝えるのが
I(アイ)メッセージです。

例えば、保育現場で
「片付けなさい」や「片付けましょう」
を I(アイ)メッセージで言うと…

「片付けてくれると嬉しいな、助かるな」
「片付けて欲しい」

「片付けたほうが良いと思う」
変形すると→「片付けたらどうかな?」「片付けようか」(提案、誘いの言葉)


集団への声かけなら
「片付けの時間なので、みんなで片付けをしようと思います!」
「片付けの時間です。どうしますか?」
「そろそろ片付けをしないと、もうすぐ○○の時間です(どうしますか?)」
「はーい、ではオモチャを片付けて おやつを食べたいと思います!(どうしますか?)」

などなど…。
だんだん変形してますが

私(保育士)の言葉は
私(保育士)の考えや気持ちであり、
それを聞いた
あなたは どうしますか?
という、メッセージです。

本人に考える余地があり
自分の行動は自分で決める、という
自立の要素を投げ掛けているわけです。
つまり、そのポイントさえおさえていればOK!!なのです。



実は、よく使っている
「○○しましょう」という声かけ…

例でも使いましたが
これは、ちょっとした違いで
指示語にも I(アイ)メッセージにも なります。

「片付けましょう」を上から目線で言うと
言い方は柔らかいですが、やはり指示語です。

ところが
「一緒に 片付けましょう」にすると…
どうですか?

「一緒に」は、誘う言葉なので
私、の気持ちが入っていますね。
場面によっては「一緒に」を省略しても 気持ちを込めて言えば
違ってきますでしょう?


そう考えると、
指示語を
I(アイ)メッセージに言い換えるとき、
相手に お願いをする言葉がけ
になります。
私、の気持ちは 願いや希望なんですもの!


そもそもコミュニケーションとは、
相手に 何かを して欲しい気持ちから
生まれて来ていると思いませんか?

よくコミュニケーションはキャッチボールに例えられます。
投げたボールが返って来ない、とか
そうじゃなくて…っていうのが返ってきちゃうと、
うまくいかなかったな…、となりますよね。

お互いに
相手が受けやすいボールの投げ方を考えてこそ
気持ちのよいコミュニケーションが成立します。

つまり、
こんなボールを投げ返して!
と思えば
こちらが どんなボールを投げたら良いか考える。
投げ返して欲しいボールの形は
投げる前に決まっていることが多いですよね。


はい、ココが
私が I(アイ)メッセージというコミュニケーションが好きな理由です。

I(アイ)メッセージで声かけをすると
それに応えてくれた相手に
「ありがとう」が言えるから、なのです。

「ありがとう」は、
言うほうも
言われたほうも 嬉しい
素敵な言葉です。

社会性や道徳心の芽生えを育む
乳幼児期に
いっぱい「ありがとう」のシャワーを浴びることで
優しい気持ちの心地よさを
いっぱい感じて欲しいです。

I(アイ)メッセージには
子どもの意欲を引き出す、
自立を促す、
自己肯定感を高める、
という力があります。

プラス
「ありがとう」で
優しい心を 是非やりとり してください。
ルールというもの
ブログにお越し頂き
ありがとうございます!
内田淑佳(うちだよしか) です!!


園の中に
色々なルールが存在していませんか?

お部屋の中で走らない
とか
固定遊具が一方通行になっていたり
だとか

聞いただけですが
公園に行って
木の枝を拾わない!!
などというルールのある園が
存在したそうです…

人の集まるところですから
ルールはあって
当然ですね。

ただ、ルールの作り方や
伝え方には
気をつけたいものです。

なぜならば
保育園は
子どもたちが最初に出会う
外の場所=社会
だからです。

つまり、保育園で出会うルールというものが
子どもたちの「あたりまえ」になる可能性が
とても高いのです。

ですから、ルールというものに
「嫌なもの」という感情が刷り込まれないよう注意する必要があると思います。

本来、ルールとは
みんなが気持ちよく過ごすために必要なもの
ですよね。

そのことが上手く伝わるようにしなければなりません。

先生(保育士)は、子どもにとって
強い立場の人間です。
ですから
ルールを押し付け、守るよう従わせるやり方をしてしまうと
子どもたちは
ルールというものは、
強い立場の人間が作る。
強い立場の人間が抑えつける。
従わない者には罰がある。
怒られないように従うべき。
………
このようになってしまいませんか?

本来の目的である
みんなが気持ちよく過ごすため、
を見失ってしまうから
怒る人がいない場面では出来ない…ということが
起きるのです。

子ども自身が
ルールの大切さに気付くために、
みんなでルールを考え決めていくという経験の場面を
たくさん作って欲しいと思います。

謝辞
こんにちは!!
ブログにお越し頂きありがとうございます! 内田淑佳(うちだよしか)です。

保育園では
卒園式が間近となりました。


子どもたちの成長が
喜びの源である
保育という仕事ですが

やはり、
保護者の方から感謝の言葉を頂くことは、
また改めて
嬉しさ、達成感などを味わうことができ
この仕事をしてきて よかった!と
思う瞬間の一つですよね。

卒園式の
保護者代表の方から頂く
『謝辞』には、
これまでの園生活の色々な思い出が 駆け巡り
涙…涙… ああ涙…
と、毎年 必ず 泣かされます!!

私は
かれこれ25回以上
卒園式を経験してきましたが
今日は、
とても印象に残る『謝辞』を
ご紹介します。


Kちゃんの お母さん。

保育園生活の思い出、
先生がた、お世話になり ありがとうございました…と
はじめは 普通に 泣ける お話でした。

そして最後に
こう 締めくくられたのです。


「Kちゃん、毎日 元気に楽しく保育園に通ってくれて、ありがとう。
お母さんは、そんなKちゃんの おかげで
毎日 頑張れました。ありがとう!!」



Kちゃんは
今年 ハタチ になります。
元気に、今も
お母さんの 頑張りの 元!で
いることと
思います。
食事というコミュニケーション
昨日は久しぶりに会う友達と
楽しくワイワイ食事をして来ました!
時間のたつのも忘れ…
おしゃべりに花が咲きまくりでした(笑)


食事という
本能的欲求を満たす行為を
コミュニケーションの場面にできるのは
人間ならではです。

そして、一緒に食事をするということは
とても大切なことですね。



「こけこっこ症候群」

大阪市立大学大学院の中井孝章氏が提唱した用語で、主に教育・食育関係の方の間で広く普及しています。


朝日新聞の記事(2007年2月12日)で紹介され、後、朝日新聞「天声人語」(2008年1月6日)で取り上げられたため一般にも知られるようになりました。


○孤(コ)食  一人で食事する
○欠(ケ)食  食事を抜く
○個(コ)食  家族と食べるものが違う
○固(コ)食  いつも食べるものが同じ



食事という
本能が喜ぶ場面においての環境が
子どもの育ちにとって重要である、ということです。


食育の研修や
給食関係の行政の会議に行くと
この「こけこっこ症候群」が課題として取り上げられることが多いですが
ある研修で
家庭の食卓では、座る位置が決まっていますよね
ですから、園での給食でも、座る位置を固定することで
家庭的な雰囲気を作りましょう!
という提案がありました。


みなさんの園では、座席が決まっていますか?

私が勤めていた幼稚園では、決まっていて、時々席替えをする…
学校みたいな感じでした。
が、園長として運営していた保育園では
自由席にするクラスあり、席決めするクラスあり…
そこは担任に任せていました。

確かに、家庭では
座る位置が決まっていますね。
「自分の場所」には「安心」が存在するわけです。

できるだけ
子どもが自分で選べる場面を増やしたいと考えている私は、
座る場所を大人が決めてしまうより
好きなところに自由に座ったらいいと思っていましたが、

この提案に
そうか、席を決めることで
子どもが得るものもあるんだな、と
気づかされました。


私は研修報告で、この件について協議を提案しました。

あなたのクラスは子どもの席を決めていますか?

それは、どんな目的で?

決まった座席で過ごすことで、子どもが得ることは?

そして

自由席にすることで、子どもが得ることは?


私は、このように
なにげない日常的な保育の場面においても
保育士たちが「子どもの育ち」について
一生懸命考えることが
大切だと思っています。


あなたは
どのように考えますか?


I(アイ) メッセージ
前回
I(アイ)メッセージについて書きましたので
今日は
I(アイ)メッセージの具体例をご紹介したいと思います。

I(アイ)メッセージとは
「私」はこう思う。
という言い方をするものです。

たとえば
机にのぼる子に対して
「机にのぼっちゃダメ!」とか
「机にはのぼりません!」
と言うのではなく

「(私は)机にのぼると危ないと思うなー」
と言うわけです。

違いがわかりますか?

「相手」のことを「一般的な評価」で表すのではなく
「私は、○○だと思う」と言うことで
「私は、こう思うけれども あなたは、どう思いますか?」
という「あなたがどうしたいか」という意味が含まれてくるのです。

つまり、
あなたのすることは あなたで決めたらいいよ
というメッセージなのです。

この違いは大きいです。

「自分」のすることは「誰か」に「決められる」ものではなく
「自分」で「決める」のだ。

意欲の基礎になる力です。

そうです。

「誰か」に「決められる」言葉を浴びせることで
子どもが本来持っている「意欲」というものを
抑えつけてしまっているのです。

大人は教えているつもりで「決める」言葉を
使ってしまっています。

教え方、が大切なのです。

そして
「私はこう思うけど、あなたは?」
という表現は
「私は私を大切にする、私はあなたも大切にする」
ということを表しているのです。

つまり
あなたは大切な人ですよ
ということを伝えているのですね

誉める時は
「私は、あなたが○○してくれたから嬉しい」

叱るときは
「私は、あなたが○○をすると悲しい」

という表現をすることで
「自分」と「相手」の感情のやりとりが
人間関係には必須!であることを
体験的に積み重ねていくことが出来ます。

そうして
「自分」を大切に感じ(自尊心、自己肯定感を育む)
おなじように
あなたにとっての自分…つまり「相手」を大切に
思うことが出来る人に育っていくわけです。


特に
叱る、注意する時に
I(アイ)メッセージで伝えると
子ども自身に考える力がつきますね。

騒がしいー!という時も
「静かにしなさい!」
ではなく
「静かにして欲しい」
という言い方をします。

「あまり大きい声をだすと私(や周りの人)が困るから、静かにして欲しい」

廊下を走る子に
「走らない!!」
ではなく
「歩いて欲しい」

もちろん
誉めるときは
「助かる~」

短い言葉ですがI(アイ)メッセージです。

「私」の感情がこう動いた、ということを伝えればいいんです。

上から目線の評価の言葉より うんと
子どもの心は動きますよ。
心のやりとり
今日は、ステキな保育士さんを紹介します。

前回
「返事」について書きましたが
「返事」にまつわる
こんな場面です…

1歳児クラスです。

朝のおやつが終わって
外に遊びにいこう!と
なりました。

保「はーい、お外にいきますねー
 お帽子、自分で取れる子は取ってねー」

○○くん「はーい!!」

保「わあ、○○くん、いいお返事 ありがとう」

ね!

ステキな先生でしょ!(^^)!

「返事」をさせようとする時
ついつい やっちゃうのが

保「あれ?お返事出来るの○○くんだけかな?」
もしくは
保「まあ、○○くんはお返事できて いい子ね!」

これは、他の子と○○くんを比べて
優劣をつけていることになってしまいますよね。

ですから

保「お返事 ありがとう」
は、とてもステキな声かけだと思います。

その先生はきっと
本当に嬉しかったのだと思います。
その子が元気に返事をしてくれたことが。

このように
こちらの「嬉しい気持ち」を「ありがとう」という言葉で表現し
子どもに伝えることは
実はとても大切なことです。

自分の言動が
相手に「喜び」を与え
それが「ありがとう」という言葉で返ってきた!
という経験。

それが、自分にとって
とても「嬉しい」気持ちがする…

こういった
「嬉しい気持ち」のやりとりが「心地よい」
という体験を
たくさんすることで
愛し愛される喜びを素直に感じ
子どもの心は健康に育っていくわけです。

さきほどの場面…

まわりにいた他の子どもたちも
決して否定されることなく
○○くんと先生の
「心のやりとり」を感じるわけです。

プラスの気持ちのやりとりは
まわりの子どもたちにも
プラスの刺激になるでしょう。

このような
「あなたのしたことで 私は嬉しい、ありがとう」
という声掛けを
I(アイ)メッセージ といいます。

「私」がどう感じたか、を伝える、という方法です。

子どもの言動を「評価」する言葉でなく
「私」が どのような気持ちか、という伝え方をすることで
「心のやりとり」になるわけです。